関東(読み)かんとう

精選版 日本国語大辞典の解説

かん‐とう クヮン‥【関東】

[1] (関所の東の意)
[一] 奈良時代以来、伊勢国の鈴鹿(すずか)、美濃国の不破(ふわ)、越前国の愛発(あらち)の三関の東の地。のち、近江(滋賀県)の逢坂(おうさか)の関より東方、またその諸国の総称。また、東海道の発達とともに現在の関東地方をさし、相模、武蔵、安房、上総、下総、常陸、上野、下野の八か国(関八州)を総称した。
※続日本紀‐天平一二年(740)一〇月己卯「朕縁意、今月之末、暫往関東
[三] (中国で)
① 函谷関より東の地方。おもに現在の河南省北部および山東省をさす。
② 山海関より東の地方。以前の満州、現在の黒龍江、吉林、遼寧の東北三省にあたる。
[2] 〘名〙 (関東における政治的な中枢をさしていう)
① 鎌倉幕府、または幕府方のこと。
※吾妻鏡‐治承五年(1181)正月三一日「彼山依関東繁栄、為平氏方人、有此企云々」
※平家(13C前)一〇「関東へ下向せらるべきにさだまりしかば」
② 室町時代、関東公方(くぼう)、関東管領(かんれい)のこと。
③ 江戸幕府、またはその将軍のこと。
※随筆・槐記‐享保一七年(1732)「先関東へ申し遣はし、其儀もただされずしては」
※洒落本・松登妓話(1800)二「わっちも関東と出かけて一とちんぼこ、ひょぐりの判官とやらかそう」

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デジタル大辞泉の解説

かん‐とう〔クワン‐〕【関東】

《関所の東の意》
関東地方」の略。
奈良時代以来、鈴鹿不破愛発(あらち)の三関以東の地。のちに、逢坂(おうさか)の関より東の地域。中世以降、箱根の関より東の8か国、関八州の称。これに伊豆甲斐出羽陸奥(むつ)を加えて関東十二国と称したこともある。
(中国で)
函谷関(かんこくかん)以東の地。
山海関以東の地。以前の満州、現在の中国北部。

鎌倉幕府のこと。
室町時代、関東公方(くぼう)(鎌倉公方)、関東管領(かんれい)のこと。
江戸幕府のこと。

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世界大百科事典 第2版の解説

かんとう【関東】

(1)中国の地名。Guān dōng。函谷関(河南省の北西部)または潼関以東の地を指し,現在の河南省,山東省などの地をいう。別称は関左。なお,山海関(河北省臨楡県)以東の地も関東といい,かつての遼寧吉林,黒竜江の三省関東三省と称した。【永田 英正】(2)朝鮮の地名。現在の江原道地方さし,関東八景など山水名勝に富み,鄭澈の〈関東別曲〉など多くの詩文に詠まれた。(3)日本の地名。奈良時代は,伊勢国の鈴鹿,美濃国の不破,越前国の愛発(あらち)という三関の東の地方を関東(西の地方を関西)と称した。

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世界大百科事典内の関東の言及

【勘定奉行】より

…その後1609年(慶長14)松平正綱が会計の総括を命じられ,15年(元和1)奉書連署,諸士支配とともに勘定奉行兼務を命じられた。30年(寛永7)曾根吉次は関東勘定頭,ついで36年惣勘定頭となった。1635年幕府は年寄(老中)以下主要役職の管掌事項を制定したが,関東幕領と農民の訴訟は松平正綱,伊丹康勝,伊奈忠治,大河内久綱,曾根吉次の5人に月番による勤務を命じ,これがのちの勘定奉行の職掌とされる。…

【朝鮮】より

…京畿道,江原道,忠清道を中部地方とし,全羅道,慶尚道,済州島(現在は済州道をなす)を南部地方とする。また京畿・忠清両道をさして畿湖,江原道を関東,全羅道を湖南,慶尚道を嶺南とよぶ場合もある。李朝初期の15世紀から行われた咸鏡,平安,黄海,江原,京畿,忠清,慶尚,全羅の8道制は自然地理を加味したすぐれたものであったが,日本の植民地時代には,行政的に咸鏡,平安,忠清,慶尚,全羅の5道をそれぞれ南北2道に分けた13道制をしき,現在は南北の両国家において,9道ずつの行政区画を行っている。…

【東国】より

…そして縄文晩期,西北九州に稲作の技術が伝播したのを契機に始まる弥生文化が西日本に急速に広がったのに対し,東日本がしばらく縄文文化にとどまったことは,この差異をさらに著しいものにした。
[〈東国〉の範囲]
 西日本には水田を基礎とする国家が東日本に先んじて形成され,やがて畿内を基盤とする政権が日本列島の主要部に影響を拡大し,東北北部を除く東日本もその影響下に入るが,この政権を構成する人々は,東日本を〈あづま〉〈東国〉といっており,それはまず関東・東北地方を意味していた。しかし〈東歌(あずまうた)〉のとられた範囲,防人(さきもり)の動員された地域からみると東国はさらに広く,縄文・弥生時代の東日本とほぼ一致する越後・信濃・三河以東の地域を指すことが多く,事実この地域は言語,民俗においても西日本と異質なものをもっていた。…

【文政改革】より

…1827年(文政10)から29年にかけて,関東の農村を対象として実施された支配強化のための改革。19世紀前半の文化・文政期(1804‐30)の関東の農村は小農経営が解体し,高利貸資本としての豪農経営が展開する一方,土地を失い没落する農民が多数発生し,彼らが無宿人や渡世人として横行するようになった。…

※「関東」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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