広島藩領国境碑(読み)ひろしまはんりようこつきようひ

日本歴史地名大系 「広島藩領国境碑」の解説

広島藩領国境碑
ひろしまはんりようこつきようひ

雲石路の赤名峠に立っていたが、明治二〇年(一八八七)の道路拡張工事に際して、麓の横谷八幡神社境内に移転。碑は二基あり、一基は享保五年(一七二〇)三次藩の廃絶に伴い横谷村も広島藩領となったのを契機に立てられたもの。高さ一・七メートルの石材角柱で、「従是南広島領 三次郡横谷村」と刻まれる。「事蹟緒鑑」に「三次郡横(谷)村御境杭木石ニ被仰付、文字も広島領と相改候」とあり、三次藩領時代には木柱であったことが知れる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 中略

初冠,加冠,烏帽子着ともいう。男子が成人し,髪形,服装を改め,初めて冠をつける儀式。元服の時期は一定しなかったが,11歳から 17歳の間に行われた。儀式は時代,身分などによって異なり,平安時代には髪を...

元服の用語解説を読む