庄新村(読み)しようしんむら

日本歴史地名大系 「庄新村」の解説

庄新村
しようしんむら

[現在地名]庄川町天正(てんしよう)・五ヶ・青島(あおしま)

高野新(たかのしん)村の東にある。寛文一〇年(一六七〇)村立てされた新村で(出来新村・退転村記申帳)、庄金剛寺(しようこんごうじ)村の者が青島村・五ヶ村・高儀新(たかぎしん)村領内を新開したことから村名が付けられたという(元禄一四年「村名由来書」川合家文書)。三箇国高物成帳では寛文一〇年の庄新村青島村領開の新開高一八石余、五ヶ村高儀新村領開の新開高一六石余とある。免三ツ八歩。その後延宝七年(一六七九)・元禄一三年(一七〇〇)などに新開高・畑直高などが加わった。延宝四年の役家数一一(「礪波郡村肝煎給米図り帳」川合家文書)。文政八年(一八二五)には石黒組、天保一〇年(一八三九)以後は山見組に属した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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