庄野堰(読み)しようのせぎ

日本歴史地名大系 「庄野堰」の解説

庄野堰
しようのせぎ

[現在地名]三郷村

上大妻(かみおおづま)(現梓川村)で梓(あずさ)川をせぎ上げ、岩岡(いわおか)・氷室(ひむろ)(以上現梓川村)を経て七日市場(なのかいちば)・一日市場(ひといちば)・及木(およびき)(以上現三郷(みさと)村)にかかる用水堰。文政五年(一八二二)の井掛り段別(括弧内は石高)は、岩岡村一六・七町(二三九石)、氷室一一・九町(二〇七石)、七日市場村二五・五町(三四四石)、一日市場村四八・二段(六二八石)、二木村一三・七町(一九六石)、及木村二四・六町(三四八石)、計一四〇・九町、一千九六三石である。

七日市場村・一日市場村・二木村・及木村の寛文三年(一六六三)の村高の総計は二千一四一石、天保五年(一八三四)の村高の総計は二千二一一石で、村高がほとんど増加していないのは庄野堰の水量に限界があって水田があまり造成できなかったことを物語るものである。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む