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床店/床見世 トコミセ

デジタル大辞泉の解説

とこ‐みせ【床店/床見世】

商品を売るだけで人の住まない店。また、移動できる小さい店。屋台店

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

世界大百科事典内の床店/床見世の言及

【髪結】より

…こうして室町後期には月代そりと結髪を職業とする者が現れた。いくつかの《洛中洛外図屛風》中には,賀茂川の橋詰めなどに設けた床店(床見世)(とこみせ)で,髪結が床几(しようぎ)に腰かけた客の髪を結う様が描かれ,かたわらにははさみ,かみそり,毛抜き,元結などを描いた看板がつるされている。客は武士,髪結も浪人など武家の出の者が大部分であった。…

【床屋】より


[日本]
 〈床屋〉の語は江戸時代に生まれたことばで,髪結の店,つまり,髪結床(かみゆいどこ)の俗称であった。簡単に取りたたむことのできる仮設の床店(とこみせ)が多かったための称で,橋詰め,川岸,道路ぎわなどの床店を出床(でどこ)と呼ぶのに対して,町内の家屋を使って営業する場合でも,内床(うちどこ)といった。男性客のみを対象としたもので,従業者も男子に限られており,1842年(天保13)には,下ぞりを妻に手伝わせる店のあることが問題になり,〈男女の差別も薄く,風俗にも拘(かかわ)る〉として禁止された。…

【広小路】より

…近世の都市において,普通の街路よりも特に幅広くつくられた街路のこと。城下町など町制の行われた都市では,延焼防止のための防火帯である火除地(ひよけち)として設けられることが多い。地名として残る名古屋の広小路は1660年(万治3)の大火後に,町人地と武家地の境の街路を幅15間に拡張して作られた。この位置は町人地のはずれであったが,城下町の発展によって盛場となり,江戸時代後期には見世物,屋台店が出て,納涼のころには夜のふけるまで人々の群集する場所となり,近代にも名古屋の繁華街の中心として受け継がれている。…

※「床店/床見世」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

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