翻訳|migration
一般には物体の位置を変えること,または位置が変わることであるが,この項では生物に見られる移動について扱うことにする。
生物の移動には,気流や水流に乗っての受動的消極的なものと,運動器官を用いての積極的なものとがある。後者は移動運動locomotionと呼ばれ,運動の中の特別な1区分をなす。しかし,海流に乗って泳ぐ遠洋魚やタンポポの種子の毛といった例に見られるように,このような移動方式の区別は移動にとって本質的な意義をもつものではない。
移動という現象には,レベルを異にする二つのものが含まれている。一つは基本的には動物に限られる問題で,従属栄養性であるために,周囲の生物(有機化合物)を使い尽くしてしまえば新たな栄養源を求めて位置を変えざるをえないという本性にかかわっている。ただしこのことは,固着性生活の可能性を妨げるものではない。食べることができれば動かなくてもいいのである。この意味での移動は,高等動物ではしばしば一定の地域内に限られており,各個体の移動範囲はかなり狭い。これは動物の定住性の表れであって,この定住地域は行動圏と呼ばれる。
もう一つは,この行動圏自体の位置が変わるために起こる移動である。ここにはさらに二つのものが含まれる。一つは,一生のある時期に定住地を変える移動(例えば鳥の渡り)であり,もう一つは新生個体の出生地から(最初の)定住地までの移動である。後者は植物や固着性動物にも見られるもので,分散dispersalまたは幼期分散natal dispersalまたは繁殖前分散と呼ばれる。
行動圏内での移動と行動圏自体の移動とは,明らかにまったく別の現象であり,個体が動きまわるという点だけを見て同一の概念でとらえることはできない。ここでは,後者だけを狭義の移動として取り上げる。
ところが,多くの無脊椎動物や一部の脊椎動物は明確な行動圏をもたないことが知られているので,現象的にははなはだやっかいなことになる。日に日に生活地域を移して暮らす〈流れ者〉的な動物までもいる。また,ひじょうに広い地域ではあるが一定した地域を何週間もかけて巡回している草食獣の場合には,定住しているというかどうかは主観的なものでしかない。遊動nomadismと呼ばれるこの移動の仕方は,遠洋魚の回遊などとともに中間的な現象といえる。
このように中間的な現象はほかにもあり,狭義の移動には実に多様なものが含まれる。しかし,それを単に列挙することはやめて,別の角度から考えてみよう。
生物にとっては,環境の諸条件が時間的空間的に一様で安定しているならば,定住的な生活を送るのが最も安全で確実である。そこでは幼期分散以外に移動の必要性はない。ただし定住するためには,その地域の特徴を学習する能力をもたねばならないから,神経組織の発達の悪い運動性動物は定住することができない。このような動物での移動は,現象的に高等動物の移動と似ていることがあっても,内実は異なったものである。
一方,現実の地球表面の諸条件は時間的空間的にさまざまに異なっている。移動というのは,それに対応するために生物が進化させてきた形質の一つである。その対応の仕方は諸条件の変化の仕方によって異なるものとなる(移動によらない対応もある。例えば冬眠や休眠,一定の繁殖期など)。
条件変化の中では,天体現象に伴う変化(年変化・季節変化・月齢変化・潮汐変化・日周変化)が最も規則的で予測可能であり,それらに対応する移動が最もふつうに進化してきている。この形の移動はしばしば回帰的であって,同一定住地への帰還,2ヵ所の定住地間の往復,一定地域内の遊動といった様式をとることが多い(回帰移動と総称する)。その好例が鳥の渡りである。このような移動の距離や方向は種によってさまざまで,プランクトンの日周的垂直移動からキョクアジサシの地球を南北にほぼ半周する長い渡りにまで及ぶ。
これほど規則的でない変化に対応する移動が行われている場合もある。その顕著な例に,樹木の結実量の年々の変化に対応して見られる鳥類の移動(イスカ,レンジャクなどで知られる),降水量の年による相違から起こる乾燥地方での植生量や結実量の年々の変化に対応して見られる移動(サケイやバッタなど),齧歯(げつし)類個体数の変化に対応して見られるシロフクロウの南下移動などがある。数年に1度程度の頻度で見られるこれらの移動は集団移動の形をとることが多いので目だつが,これがどの程度まで回帰的なものかははっきりしていない。このような移動は,少なくとも現象的には,自然的あるいは人為的な環境変動によって生ずる移動との間に線を引くことができないが,遺伝的基盤をもった適応的形質である場合も含まれていることは疑いない。
一方,このような時間的条件変化に対応するものとは異なって,空間的な条件の違いを生活史の段階によって利用し分けることから生ずる移動もある。サケやウナギやアユの移動,ヒキガエルの繁殖池への移動などがその例であるが,これは前述の季節移動と重複している場合が少なくない。
これらに対し,幼期分散という移動は直接に環境条件の変化と関連する移動ではない。そこでは,近親交配の回避,分布範囲の拡大,未利用の生息環境の利用といったことに関連した移動が行われる。また,高等動物では無方向な分散ではなく,個体群密度と関連して高密度地域から低密度地域へという方向性のある幼期分散がふつうであり,その結果として生息密度の均一化がはかられることとなる。
執筆者:浦本 昌紀
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
生物があるすみ場所からほかへ移ることをいい、移住ともいう。運動性の大きい動物では、速やかな移動がみられるが、植物でも徐々に移動して分布域に変化をもたらす。ある場所からほかへ出ていくことを移出emigration、入ってくることを移入immigrationといい、移出入が周期的に反復する回帰移動と再帰しない非回帰移動に大別できる。
移動は、個体の運動性に基づくもの(外敵からの逃避、捕食、索餌(さくじ)、越冬、繁殖などのための移動)、過密による密度依存的移動(ネズミ、バッタなど突発的な大発生に伴う集団的移動など顕著な非回帰移動を含む)、風や水流や動物などによって運搬される受動的移動(植物の種子や胞子の散布移動、小形動物などの移動)などに分けられる。なお、遺伝学では、交配集団の間で個体または個体群の出入りによって遺伝子が移動することをさす。
[東 幹夫]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
出典 ASCII.jpデジタル用語辞典ASCII.jpデジタル用語辞典について 情報
…断層面と水平面の交線の方向を断層の走向といい,断層面と水平面のなす角度を断層の傾斜という。また断層面に沿って両側が移動した距離を変位量または移動という。断層面をはさんで隣りあっていた2点間の断層運動後の距離を実移動といい,実移動の走向方向の成分を走向移動,傾斜方向の成分を傾斜移動という。…
…鳥の渡りを含めて,一般の動物の移動を英語ではmigrationと呼ぶが,魚類など水生動物の移動を日本語でとくに回遊という。時空間的に規則的な移動だが,回の字が示すように,ある周期でもとの所にもどる移動である。…
…人口移動には,国内人口移動と国際人口移動とがある。前者は,国内のある地域から他の地域への空間移動,後者は一つの国から他の国への国境を越えての移動である。また国内人口移動においては,同じ地域社会の中での常住地の変更local movementと異なった地域社会の間での常住地の移動migrationが区別される。日本では総理府統計局において住民基本台帳法にもとづいて登録された人口移動の集計を行っているが,その場合,自区市町村内移動(local movementにあたる)と,さらに市区町村間移動(migrationにあたる)を府県内移動と府県間移動に区分して集計した結果を発表している。…
…動物ことに鳥類が繁殖地と越冬地とを毎年規則正しく往復することをいう。移動の一種。昨日まで群がっていた鳥たちが,一夜にして姿を消したり,今までいなかった鳥たちが急に現れたりすることは,昔の人々にとってはひじょうに不思議なことであったに違いない。事実古代からヨーロッパでは,ツバメは地中海にもぐって冬を過ごすと考えられ,中国でもツバメは長江(揚子江)の泥にもぐって冬を過ごすと考えられていた。しかし19世紀から20世紀にかけて,科学的な標識法がとり入れられるようになり,その結果しだいに渡りの実態が解明されるようになってきた。…
※「移動」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
10/22 デジタル大辞泉を更新
10/22 デジタル大辞泉プラスを更新
10/1 共同通信ニュース用語解説を追加
9/20 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新