底倉之記(読み)そこくらのき

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「底倉之記」の意味・わかりやすい解説

底倉之記
そこくらのき

上野国新田氏一族の歴史。1巻。著者,成立年代未詳。文中2 (1373) 年新田義宗,脇屋義治らが南朝方に属して没落し,義治の子義隆が上野国新田に残留して再挙をはかり,以降諸所の合戦奮戦,応永 10 (1403) 年箱根底倉温泉に戦いの傷を癒やしているところを,鎌倉の関東公方足利満兼の軍勢に襲われ殺されるまでを記す。『改定史籍集覧』所収

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