府招村(読み)ふまねきむら

日本歴史地名大系 「府招村」の解説

府招村
ふまねきむら

[現在地名]伊万里南波多町みなみはたちよう府招

標高一〇〇メートル台の丘陵地帯で、中央を徳須恵とくすえ川が北流。佐賀藩との境界でもあった。慶長絵図には「符招 高九百十三石八斗一升八合」とあり、原屋敷はらやしき牟田むた両村とも「符招ノ内」とある。

「松浦記集成」の松浦党君臣人名居所の中に「府招村草富修理」とあり、この地域を知行、居館が置かれた要地であったことを物語る。村域内の椎峰しいのみね城には椎峰雅楽が居城

松浦拾風土記」の御境目関所に福井ふくいなかしま川原かわばるとともに「一佐嘉口府招 一ケ所 右四ケ所、郷組両人宛番相勤来候処其村にて役高二百石、掃除食焼高にて御引被成候、土井周防守様御代、御定番人三人御居置被成候、高五十石御引被成候」とあり、高札場もここに設けられていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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