弐ッ石村(読み)ふたついしむら

日本歴史地名大系 「弐ッ石村」の解説

弐ッ石村
ふたついしむら

[現在地名]洲本市中川原町二なかがわらちようふたいし

市原いちばら村の北にあり、津名つな郡に属する。南東中川原村。東部を岩屋いわや街道が南北に通る。北の安乎中田あいがなかた村との境近くに弘法大師踏割石の伝説をもつ石がある。その石の前に「右先山千光寺 左すもとふくら」という道標が建っており、岩屋街道と千光せんこう寺への巡礼道との分岐点であった。正保国絵図に弐ッ石村とみえ、高三二五石余。天保郷帳では高四八四石余。安乎組に属した。反別戸数取調書によれば反別三四町六反余、高六二七石余ですべて蔵入地。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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