御庄(読み)みしよう

日本歴史地名大系 「御庄」の解説

御庄
みしよう

天文二三年(一五五四)五月一五日の毛利軍と陶軍による御庄合戦の際の感状が数通「閥閲録」に収録され、また各種記録・文書類に、「御庄市」(「吉田物語」弘治元年一一月条)、「御庄川」(温故私記)、「御庄村」(多田村八幡宮所蔵天正一七年文書)などがみえる。

この御庄についてはこれまで明らかでなく、近世の御庄村付近にあった荘園と考えられてきたが、嘉禎三年(一二三七)の周防石国御庄沙汰人等重申状(厳島神社野坂家文書)により、この頃、石国いわくに庄を石国御庄または御庄とよんでいたことが明らかとなった(→石国庄

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 中世

[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...

付和雷同の用語解説を読む