御田鳥(読み)みたどり

日本歴史地名大系 「御田鳥」の解説

御田鳥
みたどり

[現在地名]若柳町有賀 三田鳥

近世有賀ありが村の端郷で同村西部。「封内風土記」によれば、寛治年中(一〇八七―九四)源義家が東征した際、栗原郡駒形神社で戦勝祈願し、当地を祭田として寄進したといい、御田鳥保と称したとある。「有賀村安永風土記」では、のち竿答の時(寛永検地か)同村端郷になったという。御分領中風土記(飯田次雄家蔵)によれば、安永期(一七七二―八一)には有賀村高のうち当端郷分の高は六〇貫九四六文であった。「安永風土記」に端郷鎮守八幡社ほか、平泉藤原氏の時代以前の古社という若宮八幡社、大崎氏家臣菅原氏の勧請という諏訪社、葛西氏家臣尾形新左衛門の勧請という愛宕社などがみえ、また文禄三年(一五九四)開山と伝える曹洞宗三要山正玄しようげん寺があり、本尊釈迦如来

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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