徳久利遺跡(読み)とくりいせき

日本歴史地名大系 「徳久利遺跡」の解説

徳久利遺跡
とくりいせき

[現在地名]富士見町南原山

南原山みなみはらやま集落の西南方一千メートル、その形状の相似から「徳久利」と俗称される帯状台地の南麓、標高約一〇二〇メートルに立地する、縄文中期から後期にかけての集落跡。

昭和二五年(一九五〇)から三次にわたる調査で縄文中期八、後期五の住居跡と多数の遺物が検出された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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