御射山神戸村(読み)みさやまごうどむら

日本歴史地名大系 「御射山神戸村」の解説

御射山神戸村
みさやまごうどむら

[現在地名]富士見町神戸

現在の富士見町の北西部、甲州道中(現国道二〇号)に沿う街村。嘉禎三年(一二三七)の奥書をもつ「祝祠段」には「神戸ニケハカタ」とあるのが初見。

慶長一六年(一六一一)の諏訪頼満(水カ)老臣等連署状(御射山神戸共有)によると、

<資料は省略されています>

と、高島藩主諏訪頼水が神戸村新町の善之丞らをして甲州道中沿いに新町家作を励ましている。現在の集落の上方、御射山神戸八幡社の西北方一帯の地を古町という。かくて、御射山神戸は古町から街道筋に移り、新町として金沢(かなざわ)・蔦木(つたき)両宿間の間宿(あいのしゆく)となり、享保一八年(一七三三)書上の諏方藩一村限村地図(長野県庁蔵)には「家数百弐拾六軒 高三百六拾四石五斗四升七勺」と記されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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