…江戸時代には,大黒天,弁才天とともに三天と称され,蓄財と福徳の神として,特に商工業者の間に信仰された。江戸では上野徳大寺と雑司ヶ谷玄浄院が摩利支天をまつることで有名になり,町人たちがおおぜい参詣してにぎわった。忿怒の姿をとる摩利支天は,猪の背に乗っていることから,亥の日を縁日としている。…
…大雲山と号する。当寺の場所にはもと左大臣藤原実能が建立した徳大寺があったが,これを室町幕府の管領(かんれい)細川勝元が譲り受け,1450年(宝徳2)妙心寺の義天玄詔を招いて禅院を開創した。玄詔は師の日峰宗舜を開山にして,みずからは2世となった。…
※「徳大寺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
〘 名詞 〙 春の季節がもうすぐそこまで来ていること。《 季語・冬 》 〔俳諧・俳諧四季部類(1780)〕[初出の実例]「盆栽の橙黄なり春隣〈守水老〉」(出典:春夏秋冬‐冬(1903)〈河東碧梧桐・高...