仏教が民衆生活と結びつく段階では,現世利益の観念が強く表出している。そして特別に霊験あらたかな仏菩薩が出現する日に,寺院に詣でて礼拝すれば,かならず功徳を生ずるという信仰が発達した。それが縁日で,縁とは,〈結縁(けちえん)〉または〈有縁(うえん)〉あるいは〈因縁(いんねん)〉のことで,特定の仏菩薩が,特定の日に,特別に霊験あらたかになるように信者の祈願と結びつくのである。たとえば7月10日は観音の四万六千日(しまんろくせんにち)といって,この日に参詣すれば,その功徳は,4万6000回参詣したのと同じになると説かれたりしている。中国仏教では,10世紀初頭に,寺院で縁日がそれぞれ配当されていた事実があったらしいがくわしくはわからない。むしろ日本仏教の民俗化の過程で,縁日による仏菩薩の信仰が顕著になったといえる。
文献の上では,《今昔物語集》に記された観音の縁日18日がもっとも早い。平安時代には,阿弥陀,観音,地蔵の信仰が卓越しており,阿弥陀が15日,地蔵が24日となっている。なお《古事談》には,地蔵を8日にしているが,むしろ8日は薬師の縁日が一般的であった。
江戸時代,仏教が民俗化した段階で,主な縁日をあげると,観音が毎月18日,正月の初観音のほかに,元旦詣は100日参詣と同じ利益があるという。ほかに7月10日の四万六千日などが知られる。薬師は,毎月8日,12日が縁日で,とくに1月8日は初薬師とされ,元旦詣は3000日の参詣と同じ利益があるとする。地蔵は,毎月24日,とくに7月24日は地蔵盆となっている。閻魔(えんま)は,1月と7月の16日で,正月の初閻魔や盆の16日は,民俗的なやぶ入りの日と重なっている。この日〈地獄の釜のふたがあく〉という表現もある。7月16日は閻魔王の大斎日(だいさいにち)とも称し,地獄信仰と盆行事とが習合している。不動明王は,大日如来の使者として,密教系寺院や,修験道の守護神としてまつられたが,毎月28日が縁日,初不動は参詣者が多い。虚空蔵は,毎月13日が縁日で,4月13日(旧3月13日)を十三参りと称し,13歳の女子の参詣が多い。これは民俗的な成女式と結びついたものらしい。弘法大師(空海)をまつる真言宗寺院では,毎月21日が縁日で,元三大師の場合は1月3日である。元三大師は天台宗良源上人のことで,正月の厄払いの機能をもっており,正月の縁日は人口に膾炙(かいしや)している。七福神の一つ毘沙門天は,1月,5月,9月の最初の寅の日が縁日,とくに正月の初寅の縁日が知られる。大黒天は年に6回ある甲子(きのえね)の日で,とくに11月の縁日が重んじられた。弁財天は,巳(み)の日を縁日とし,正月初巳の縁日が知られている。
実際の民俗信仰の上では,〈薬師後,地蔵前〉ということわざのように,薬師の8日から地蔵の24日までの間にほとんどの縁日が集中していた。これは月の満ち欠けと関係している。この間は,月の光が明るいのである。このことは,15日を望月とする,陰暦時代の人々の伝統的な心意をよく示している。つまり,月の光が弱まった暗夜には,縁日で仏菩薩をまつろうとしないのであり,ちょうど,神霊をまつる神社の祭日と同様の意識である。神社の祭日もやはり望月の15日を頂点とし,その前後1週間の期間に設けられる傾向があった。したがって縁日には,仏菩薩が降臨してくるという考えがあり,ちょうど神社の祭日に,特定の神格が来訪してくるという観念と容易に結びついたのである。
この縁日は,都市寺院の門前町形成の大きな要因となった。縁日商人(あきんど)という言葉が示すように,寺の門前には縁日になると露店を出して商う香具師(やし)の集団が集結した。むしろ縁日に立つ市は,香具師仲間によって運営される習慣が江戸時代末期には一般化しており,近代以降になお引き継がれた。さまざまの縁日の中で江戸(東京)の浅草寺の縁日は,なんといってもその代表的事例である。7月の四万六千日の縁日に,明治中期以後縁起物として売られるようになったホオズキがそのままホオズキ市の名称となっているが,そうした厄除けの縁起物は,江戸時代以来,赤玉蜀黍(とうもろこし),茶筌(ちやせん)と変化してきており,それぞれの時代の流行物となっている。
執筆者:宮田 登
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神仏の降誕日、示現日、あるいは社堂創建といった、神仏のこの世との有縁(うえん)の日をいう。縁日はすでに平安時代よりあり、『今昔物語集』に「今日は十八日、観音(かんのん)の御縁日也(なり)」とあり、『古今著聞集(ここんちょもんじゅう)』20巻には「十五日、十八日ハ阿弥陀(あみだ)、観音ノ縁日」とある。それぞれの神仏が特定の日に示現してこの日の参詣(さんけい)者を救ってくれるという御利益(ごりやく)信仰によっている。寺院が秘仏とする本尊や境内(けいだい)仏を公開して、衆生(しゅじょう)に結縁(けちえん)の機会を与える開帳を、この日1日だけする場合も多い。縁日は会日(えにち)の訛(なま)り、つまり恒例的に催される仏会(ぶつえ)の日が本来であったとする説もある。もとは年1回であったものが、参詣人の増加につれて月ごととなり、さらに鬼子母神(きしもじん)のように8、18、28日となったものもある。縁日には縁起伝説によるものや、さらに忌み日をあてたもの、単に十二支によって数で日を示さないものなどがある。かくて、8日の薬師、10日の金毘羅(こんぴら)、13日の虚空蔵(こくうぞう)、16日の閻魔(えんま)、18日の観音、21日の弘法(こうぼう)大師、24日の地蔵、愛宕(あたご)、25日の天満宮、不動は2、7、28日などと雑多になり、加えて甲子(きのえね)の日は大黒、寅(とら)の日は毘沙門(びしゃもん)、巳(み)の日は弁天、午(うま)の日は稲荷(いなり)とされた。「朝に観音、夕に薬師」などといわれ、これらの縁日ごとに人気の高い神仏へ庶民の群参があったが、単にその日に参詣するだけでなく、地蔵講のように信徒が毎月24日に講を開く形もあった。むしろこのほうが縁日のあり方としては古いとみる考え方もある。関西ではその前夜を縁日とよぶ習いがあるが、関東では普通その当日をいう。縁日は近世以来、レクリエーションの日ともなり、市(いち)が立ち、見せ物小屋が並び、夜店も出て、人々に親しまれた。
[萩原秀三郎]
有縁の日・結縁の日・因縁日とも。神仏の示現・降誕・成仏などの由緒にもとづく特定の日。縁日に参詣して祈念すると平生に勝る功徳が生じるとされる。たとえば,5日水天宮,7・16日閻魔(えんま),8・12日薬師,10日金毘羅宮(こんぴらぐう),13日日蓮,15日阿弥陀・妙見,18日観音,21日弘法,24日地蔵,25日天満宮,28日不動,甲子の大黒天,寅の毘沙門天,巳の弁天,午の稲荷,申の帝釈天など。
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…浄土宗の教義を5通りに分かって伝授する結縁五重(ごじゆう),結縁授戒などがある。縁日は仏と結縁する日という意味であり,あらゆる機会をとらえて人々と仏法の縁を結び,その功徳で信仰に導こうとしたものである。また堂塔の建立に対する布施(ふせ)も結縁という。…
…中国において,寺院,道観,神祠を総称して廟とよび,そこにまつられる神仏の誕辰を記念して若干日間は一般に開放され,祭礼が行われる。これを廟会とよび,日本の縁日にあたる。その期間は廟の境内や参道に参詣客をあてこんだ露店商人や大道芸人が集まってにぎわい,市民行楽の場所となる。…
…〈よみせ〉と称する夜間営業は,1725年(享保10)江戸の吉原の遊廓が官の許可を得て,灯火を明るくともして客を迎えたのがはじまりだとされている。夜店が許可になってから,露店商人が夏の夕涼み客を対象にして縁日や祭礼その他の催事のときなどに夜店をだすようになった。江戸時代末期の江戸では縁日に夜店はつき物とされていて,夜店商人の口上をきいて歩くのを楽しみとすることもあった。…
…街路,広場,空地や,縁日,祭礼などの人出の多いところで,簡単に移動できる台だけの店舗などで,さまざまな商売をする者の総称。露天商が夜になっても出店していたり,夜だけ店をだすことを夜店(よみせ)という。…
※「縁日」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
〘 名詞 〙 年の暮れに、その年の仕事を終えること。また、その日。《 季語・冬 》[初出の実例]「けふは大晦日(つごもり)一年中の仕事納(オサ)め」(出典:浄瑠璃・新版歌祭文(お染久松)(1780)油...
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