志学村(読み)しがくむら

日本歴史地名大系 「志学村」の解説

志学村
しがくむら

[現在地名]大田市三瓶町志学(さんべちようしがく)

池田(いけだ)村の南に位置し、三瓶山の南麓、江川の支流早水(はやみ)川の源流域に立地する。東は加淵(かぶち)村、南は長原(ながはら)村。貞応二年(一二二三)三月日の石見国惣田数注文に「しかく 六丁五反」とみえる。正保国絵図に村名がみえ、高五五四石余。元禄一〇年(一六九七)の石見銀山領村々覚によれば田方三八四石余・畑方一七三石余、年貢高は米二四一石余・銀一貫三七〇匁余。家数は本家一三二・門屋六六、人数七九七。宝永石見国郷村帳によると、志学村四一七石余のほかに志学村枝郷として久辺(くべ)一四二石余がある。天保郷帳には「古者志学村・くべ弐ケ村」と注記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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