志崎村(読み)しざきむら

日本歴史地名大系 「志崎村」の解説

志崎村
しざきむら

[現在地名]大野村志崎

北浦東岸に位置し、東は大志崎(おおしざき)村、南は武井(たけい)村。弘安大田文に「白鳥郷内中務四郎跡三十九丁二段少、二十七丁五段 志崎・武家村以下在之」とみえる。室町時代には常陸大掾氏一族の林氏の支配下にあり(新編常陸国誌)、村西部の沼里(ぬまり)の津は応安年間(一三六八―七五)の海夫注文(香取文書)に「ぬま里の津津か知行分」とあるように津賀氏が支配した。戦国末期、林氏の衰退に伴い、中居氏の支配下に入るが、天正一九年(一五九一)中居秀幹が佐竹氏によって太田(おおた)城(現常陸太田市)に誘殺され、佐竹氏の一族東義久の知行地となる(水戸市史)。

江戸初期に旗本領となり、寛永一〇年(一六三三)の鹿島郡中高改帳によれば、村高は六九一石余で、松平・津戸・天野各氏が支配した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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