志津山村(読み)しづやまむら

日本歴史地名大系 「志津山村」の解説

志津山村
しづやまむら

[現在地名]揖斐川町志津山

権現ごんげん山北麓、小野おの村の南にあり、谷汲巡礼たにぐみじゆんれい街道が通る。集落の南の平地はかつて揖斐川本流の淵であったとされ、低湿な土地である。慶長郷帳に村名がみえ、高七二石余。元和二年(一六一六)の村高領知改帳では西尾嘉教(揖斐藩)領。正保郷帳では旗本(美濃代官)岡田善政領で、田三八石余・畑三二石余・山年貢一石。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 鎮守 産物

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む