志津川村入作(読み)しつかわむらいりさく

日本歴史地名大系 「志津川村入作」の解説

志津川村入作
しつかわむらいりさく

[現在地名]重信町志津川 八反地はつたんじ

重信川中流右岸に位置し、志津川町村田窪たのくぼ村の中間にある。江戸期の新開拓地。

慶安元年伊予国知行高郷村数帳(一六四八)浮穴うけな郡の項に「田ノ窪村 日損所、小川有」とし、村高は「志津川村より出作共」として一千六五六石五斗六升と記され、田窪村に含まれている。しかし元禄一三年(一七〇〇)の領分附伊予国村浦記には「田窪村枝郷 志津川村入作」として七六八石三斗四合と表示され、領域は久米くめ郡志津川村分であるはずのところ耕作権の関係からか、「浮穴郡」の部に記されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む