重信町(読み)しげのぶちよう

日本歴史地名大系 「重信町」の解説

重信町
しげのぶちよう

面積:一〇〇・八九平方キロ

松山市の東部、重信川の上流域に位置する。町の東は重信川を境界として川内(かわうち)町に接し、西は松山市、南は上(かみ)浮穴(うけな)郡久万(くま)町の皿(さら)ヶ嶺(みね)、北東は周桑(しゆうそう)郡丹原(たんばら)町、越智(おち)郡玉川(たまがわ)町に接する。

大字山之内(やまのうち)は重信川の上流地域を形成し、町の中心部は重信川の扇状地に立地しており、松山市駅を起点とする伊予鉄道の横河原(よこがわら)線が町内の牛淵(うしぶち)・田窪(たのくぼ)・見奈良(みなら)を経て、東端の横河原に通じている。横河原は扇央部にあたり飲料水も不足したが、明治三二年(一八九九)に伊予鉄道が通じてから終点駅として発達した新しい集落である。

明治二二年の町村制施行によって久米(くめ)郡の山之内・樋口(ひのくち)・志津川(しつかわ)・西岡(にしのおか)の四村で北吉井(きたよしい)村、下浮穴郡の見奈良・田窪・牛淵・南野田(みなみのだ)・北野田(きたのだ)の五村で南吉井村、上林(かみばやし)・下林・上(うえ)村の三村で拝志(はいし)村が生れた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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