志藤瀬又村(読み)しとうせまたむら

日本歴史地名大系 「志藤瀬又村」の解説

志藤瀬又村
しとうせまたむら

[現在地名]市原市瀬又(せまた)

志藤押沼(しとうおしぬま)村の東に位置し、村田(むらた)川が流れる。奈良時代と推定される土器裏底墨書銘に背俣とみえる。天正一九年(一五九一)九月一三日の市原郡瀬又之郷検地帳(駒込区有文書)は田畑屋敷二二町九反余・分米一三四石余とあるので一部と考えられるが、一筆の記載順は耕地の縦横の間数・品等・反別・分米・分付主および作人となっている。分付主には対馬・兵庫などがみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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