志貴村(読み)しきむら

日本歴史地名大系 「志貴村」の解説

志貴村
しきむら

[現在地名]明和町志貴

櫛田くしだ川下流の東方、はらい川の西にあり、北はなか村に通じ、東は田屋たや村、南は腹太はらふと(現松阪市)に接する。「太神宮諸雑事記」永承四年(一〇四九)六月の条に「太神宮御領字志貴御薗預麻績近吉」とみえる。「神宮雑例集」に「志貴御厨」、「神鳳鈔」に内宮領として志貴御厨の名がみえる。久安六年(一一五〇)一〇月二二日付志貴庄内検帳案(大宮司文書)によれば、所在地は赤坂、四至は「東ハナワテ、南ハ大道ヲ限、西ハ□□限、北ハ神田宮林限」で、田三町四段一四〇歩、畠一七町四段一〇歩、そのうち除畠が二町一段一三〇歩、定畠が一五町二段大であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

貨幣 (名目) 賃金額を消費者物価指数でデフレートしたもので,基準時に比較した賃金の購買力を計測するために用いられる。こうしたとらえ方は,名目賃金の上昇が物価の上昇によって実質的には減価させられている...

実質賃金の用語解説を読む