赤坂(読み)あかさか

百科事典マイペディア「赤坂」の解説

赤坂【あかさか】

三河国宝飯(ほい)東海道宿場町。現在の愛知県音羽(おとわ)町(現・豊川市)に属する。中世以来宿として栄え,《海道記》《東関紀行》などに当宿の記事がみられるほか,《源平盛衰記》には赤坂宿の遊女のことが記されている。1591年池田輝政は赤坂宿に馬46匹の常備を命じている。1601年に東海道の宿駅指定されたときには,東に近接する御油(ごゆ)宿(現愛知県豊川市)とあわせて一宿とされていたが,すぐに独自で人馬継立を行うようになった。江戸時代初頭には東西2町に分かれており,1693年当時の町の長さ8町30間,人数1935。1707年の宿泊者数は10万3076人であった。《宿村大概帳》では本陣3,脇本陣1,旅籠屋62。赤坂宿には飯盛女が多数いたとされ,1801年成立の《改元紀行》には〈遊女多し。同じ宿なれど御油は鄙しく赤坂はよろし〉とみえる。江戸時代の宿駅の景観をよく残しており,宿の西には持統天皇頓宮(とんぐう)や源頼朝の宿泊跡と伝える宮路(みやじ)山がある。また当地には三河国内の幕府領を管轄した赤坂代官所も置かれた。

赤坂【あかさか】

東京都港区北部青山とともに旧赤坂区をなしていた地区。山の手台地にあり坂が多く,表通りに商店街,裏通りに高級住宅,高級料亭,飲食店,ホテルなどが多い。赤坂見附は地下鉄,高速道路が通じる交通の要衝。紀州徳川家の屋敷跡に赤坂離宮,赤坂御所があり,氷川神社,豊川稲荷,東京放送等がある。2007年3月,防衛庁跡地再開発の東京ミッドタウンが完成。
→関連項目港[区]

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精選版 日本国語大辞典「赤坂」の解説

あかさか【赤坂】

[一] 東京都区北部の地名。もと紀州徳川家上屋敷があり、その跡に赤坂離宮(現在の迎賓館)ができた。
[二] 愛知県南東部音羽町の地名。東海道五十三次の宿駅の一つ。御油(ごゆ)との区間距離は東海道中最も短かった。
[三] 岐阜県大垣市の地名。かつて中山道美江寺と垂井間の宿駅として栄えた。牛若丸が奥州に下るとき、盗賊熊坂長範を討った所と伝えられる。
[四] 大阪府南河内郡千早赤阪村の地名。奈良県境に近く金剛山西麓にあり、楠木正成の千早・赤坂城址で知られる。
[五] 岡山県の中央部にあった郡。旭川中流左岸一帯を占めていた。明治三三年(一九〇〇磐梨(いわなし)郡と合併して赤磐(あかいわ)郡となる。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「赤坂」の解説

赤坂
あかさか

岡山県南東部,赤磐市西部の旧町域。砂川流域の吉備高原南縁にある。 1953年笹岡村,軽部村,鳥取上村の3村が合体して町制。 1956年布都美村の一部を編入。 2005年山陽町,熊山町,吉井町と合体して赤磐市となった。8世紀すでに赤坂郡の中心をなし,鳥取荘や軽部荘が置かれた。現在でも古代条里制地割が残る。中心集落の町苅田 (まちかんだ) は砂川中流の谷口集落で,江戸時代には綿花赤坂白木綿の生産地として有名であった。周辺は酒造米の雄町米 (おまちまい) ,モモ,ブドウの生産,近年は造園用花木栽培が盛ん。

赤坂
あかさか

岐阜県,大垣市北西部にある地区。旧町名。 1967年大垣市に編入。かつては中山道宿場町として発展。金生 (きんしょう) 山から採掘される石灰岩大理石をもとに石灰工業と大理石加工業が発達。石灰工業は江戸時代から興り,初めは肥料に使われていたが,現在では鉄鋼業用が大半を占める。大理石加工業は全国的に有名で,江戸時代の終り頃から興り,明治に入って洋風建築の装飾用材として使用された。最近は原石が減少し外国から輸入。温古焼は特産史跡に指定されている美濃国分寺跡をはじめ,古墳,遺跡に富む。

赤坂
あかさか

愛知県南東部,豊川市北西部の旧音羽町の中心集落。江戸時代は東海道の宿場町であり,幕府直轄地で代官所,陣屋が置かれて繁盛した。明治維新後,三河県庁が一時置かれた。東海道本線が通らず農業中心の村となったが,1925年名古屋鉄道が開通して以降は豊橋市岡崎市,名古屋市方面への通勤者が多い。御油との間にある国指定天然記念物のマツ並木と町並は,宿場時代の面影を残して有名。

赤坂
あかさか

東京都港区北部の地区。山手台地の南東部に位置し,多くのが刻まれ,坂が多い。江戸時代は大名屋敷が多かった。北部には東宮御所,迎賓館 (旧赤坂離宮 ) がある。中央を東京地下鉄千代田線,北部に半蔵門線,東部を銀座線,丸の内線が通り,企業やホテルなどの高層ビルが林立する。各国大使館や放送局がある。港区を構成する旧区名でもある。

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デジタル大辞泉「赤坂」の解説

あかさか【赤坂】

東京都港区の地名。もと東京市の区名で、青山まで含まれた。大使館が多い。
岐阜県大垣市の地名。中山道の美江寺・垂井間の宿駅として栄えた。
東海道五十三次の宿場の一。現在の愛知県豊川市音羽地区の地名。
大阪府南河内郡千早赤阪村の地名。

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世界大百科事典 第2版「赤坂」の解説

あかさか【赤坂】

東京都港区北部一帯の地区名。1878年,東京府15区の一つ(青山方面の一部を含む),1932年には東京市35区の一つとなり,47年,麻布の2区と合併して東京都23区の一つ港区が成立し,その一部となった。武蔵野(山手)洪積台地の一部で,標高20~30mの台地を多くの谷が刻んでいる。江戸時代には,城南地区の典型的な大名・武家屋敷地であった。かつての紀州徳川家上屋敷跡は,迎賓館(かつての赤坂離宮),東宮御所,秩父宮邸,三笠宮邸などとして利用されている。

あかさか【赤坂】

美濃国不破郡と池田郡の境を流れる杭瀬川の西岸,金生山(赤坂山)のふもとにあった東山道の宿駅。現,岐阜県大垣市赤坂町。中世の文学作品に多く登場する。《平治物語》には源義朝の身がわりとなって佐渡式部大輔重成が赤坂の子安の森で討死したことがみえ,《とはずがたり》では赤坂宿に〈宿の主に若き遊女姉妹あり。琴・琵琶など弾きて〉とあって,隣接する青墓宿と同様に宿の長者が遊女であったことを推測させる。このほか,《覧富士記》《富士紀行》などの紀行文,謡曲《熊坂》《烏帽子折》や《蔭涼軒日録》《言継卿記》などの日記にも登場するが,宿の実態を示す史料は残っていない。

あかさか【赤坂】

三河国(愛知県)宝飯郡の中世以来の宿場町。近世には三河国内の天領を支配する赤坂代官所の所在地でもある。東隣の御油宿とは16町の至近距離にあり,1601年(慶長6)の伝馬朱印状には御油宿と併記して合宿になっているが,その直後双方とも独自で人馬継立てを行う。小規模な宿駅であるが飯盛女を多く抱え大田南畝も《改元紀行》(1801成立)のなかで〈遊女多し。同じ宿なれど御油は鄙しく赤坂はよろし〉と赤坂宿の繁栄の様子を記している。

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