志駒村(読み)しこまむら

日本歴史地名大系 「志駒村」の解説

志駒村
しこまむら

[現在地名]富津市志駒

松節まつぶし村の北西方、みなと川支流志駒川中流域に位置する。地内の普賢ふげん寺旧蔵の永享三年(一四三一)八月二五日の懸仏銘に大貫おおぬき峰上みねがみ・師子馬とあり、檀那大夫五良が薬師堂にこの道観作の懸仏を寄進している。文禄三年(一五九四)の上総国村高帳に甚駒村とあり、高四〇四石。寛文四年(一六六四)の松平忠勝領知目録(寛文朱印留)に記載され、佐貫藩領。元禄郷帳では高四二六石余で、幕末もほぼ同様。宝永七年(一七一〇)から再び佐貫藩領で、同藩領は幕末まで続く。寛政五年(一七九三)の上総国村高帳では家数七六。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新しい環境に適応できず,焦り,ストレスを感じ,気持ちが落ち込むうつ状態。医学用語ではなく通称。もとは大学新入生が5月の連休明け頃から急激に無気力,無関心になることから名づけられたが,時期は5月にかぎら...

五月病の用語解説を読む