忠度町(読み)ただのりちよう

日本歴史地名大系 「忠度町」の解説

忠度町
ただのりちよう

[現在地名]明石市天文町てんもんちよう二丁目

北はゆみ町、東は両馬りよば川に、西は大蔵おおくら口御門のある外堀に面している。明石藩の足軽が居住した家中町の一つ。明石城武家屋敷絵図、文久三年(一八六三)の明石町旧全図に町名がみえる。町名の由来は腕塚うでつか町と関連し、源氏の武将岡部六弥太に討取られた平忠度の亡骸を埋めたと伝える忠度塚があることによる(明石名勝古事談)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ドンド焼き,サイト焼き,ホッケンギョウなどともいう。正月に行われる火祭の行事で,道祖神の祭りとしている土地が多い。一般に小正月を中心に 14日夜ないし 15日朝に行われている。日本では正月は盆と同様魂...

左義長の用語解説を読む