…このように,東京学士会院はいわば学術上の〈鹿鳴館〉として誕生したわけであり,設立当初はさしたる内実をもたなかったのは当然であったが,万国学士院連合Union académique internationale(略称UAI)への加盟を契機に,1906年には帝国学士院へと改組され,しだいに学術機関としての体裁を整えるにいたった。すなわち,10年皇室からの下賜金を基金に制定された恩賜賞や,翌11年財閥からの寄付金により設けられた学士院賞などの授賞制度は学士院の権威を高めたし,各種の研究補助金は学術振興に一定の役割を果たした。 第2次大戦後の学術体制刷新運動の中で,帝国学士院は,学界における権威主義および封建主義の牙城(がじよう)と目されて,批判,攻撃の対象となった。…
※「恩賜賞」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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