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悟渓宗頓 ごけい そうとん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

悟渓宗頓 ごけい-そうとん

1416-1500 室町-戦国時代の僧。
応永23年生まれ。臨済(りんざい)宗。山城(京都府)竜安寺の雪江宗深(せっこう-そうしん)の法をつぐ。美濃(みの)(岐阜県)の守護代斎藤妙椿(みょうちん)の招きで瑞竜寺をひらく。大徳寺をへて文明16年妙心寺住持。妙心寺東海派の祖。明応9年9月6日死去。85歳。尾張(おわり)(愛知県)出身。諡号(しごう)は大興心宗禅師,仏徳広通国師。著作に「虎穴録」。

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世界大百科事典内の悟渓宗頓の言及

【妙心寺】より

…健全な禅は安定した寺院経済を基礎にして成立するという当寺の伝統は,禅を茶道に密着させた大徳寺の禅を評して〈大徳寺の茶づら〉というのに対して,〈妙心寺のそろばんづら〉という呼称を世間に生むもととなった。宗深のあと,門下に東陽英朝(1428‐1504),景川(けいせん)宗隆(1425‐1500),悟渓宗頓(1416‐1500),特芳禅傑(1419‐1506)の四傑が現れ,妙心寺の宗勢は戦国期に興隆した。今川氏に迎えられた大休宗休(だいきゆうそうきゆう),太原崇孚(たいげんすうふ),武田家の帰依をうけた快川紹喜(かいせんじようき)などは当寺の寺僧であり,妙心寺派は戦国群雄と結んで盛んに地方に進展した。…

※「悟渓宗頓」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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