愛宕郷(読み)おたぎごう

日本歴史地名大系 「愛宕郷」の解説

愛宕郷
おたぎごう

和名抄」高山寺本は「於太支」、刊本は「於多木」と訓ず。愛宕郡の郡家の所在地であろう。平安京遷都以前は左京部分にも及んでいたと思われる。すなわち、平安京の造営によって消失したとされる折田郷(六角堂縁起)はオルタ郷またはオタ郷で、愛宕郷であった可能性がある。郷の西限は平安京東京極であり、郷域が京域に収公されたことが考えられる。

平安京の成立後は都市近郊となり、葬地となった。愛宕墓・後愛宕墓の存在がそれを示している。本郷が葬地であったことは諸書に散見する。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む