戸原卯橘(読み)とはら うきつ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「戸原卯橘」の解説

戸原卯橘 とはら-うきつ

1835-1863 幕末武士
天保(てんぽう)6年1月生まれ。筑前(ちくぜん)(福岡県)秋月藩士。文久2年寺田屋事件にかかわった疑いで謹慎処分をうける。3年脱藩,平野国臣(くにおみ)らとともに生野(いくの)の挙兵にくわわったが,敗れて同年10月14日自害した。29歳。名は継明。字(あざな)は公実。著作に「正名論」「答客弁義」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

敵を欺くために、自分の身や味方を苦しめてまで行うはかりごと。また、苦しまぎれに考え出した手立て。苦肉の謀はかりごと。「苦肉の策を講じる」...

苦肉の策の用語解説を読む