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正名論 セイメイロン

世界大百科事典 第2版の解説

せいめいろん【正名論】

後期水戸学の祖藤田幽谷青年期の論文で,時の老中松平定信に贈られたものという。1791年(寛政3)稿。正名とは名分を正すこと,つまり君・臣とか父・子という人倫上の地位に固有の本分が履行されるようにすることをいい,儒教とくに学で強調された観念である。本書は宋の司馬光の《資治通鑑(しじつがん)》冒頭の正名論を下敷きとして,君臣上下の名分を正すことの重要性を強調しつつ,幕府が天皇を尊べば大名は幕府を尊び,大名が幕府を尊べば藩士は大名を敬い,結局上下秩序が保たれるようになるとして,尊王の重要性を説いている。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

正名論
せいめいろん

中国、戦国時代に盛行し、名実論ともいわれ、名称と実質との一致を志向する思想。政治思想的なものと論理学的なものとの二傾向があるが、前者が主流となっている。正名論の発端は、政治の急務は名を正すことにありとの孔子(孔丘(こうきゅう))の主張であるが(『論語』子路篇(しろへん))、その具体的内容は、たとえば君臣父子がそれぞれ君臣父子らしくあれというもので(同上顔淵(がんえん)篇)、名称にふさわしい実質であればよい統治が行われるという考えである。こうした考えは『呂氏春秋(りょししゅんじゅう)』正名・審分(しんぶん)や『申子(しんし)』大体などの諸篇にもみえる。こうした政治論的正名論を積極的に取り入れて、名(職務)にふさわしい形・実(実績)を求めて君主が臣下を督責するという形名参同の政治思想を創案したのが法家である。政治論的正名論は『管子(かんし)』心術、『荀子(じゅんし)』正名、『韓非子(かんぴし)』定法などの諸篇にもみえる。のち、とくに宋(そう)代以後、名分論として展開する。
 他方、名家の公孫竜(こうそんりゅう)などが孔子の正名思想を一般の事物に適用したのが、論理学的正名論ともいうべきものとなったと考えられる。『公孫竜子』には名実論もあるが、白馬論の白馬は馬ではないとか、堅白論の堅くて白い石は二つだといった主張に、その正名論の特徴が明白に現れている。白とは色、馬とは形に属するもので、馬とは形についていうものであるから、色プラス形の白馬は馬つまり形ではないと主張したり、堅い石と知るときは白い石は意識されず、白い石と意識されるときは堅い石は知覚されないとして、堅白石は一または三だとする説を退ける。これに対して白馬非馬については、墨家(ぼくか)は、『墨子』小取(しょうしゅ)篇で、白馬に乗っても驪馬(りば)(黒馬)に乗っても、馬に乗ったというから白馬は馬だと純粋に論理的に反駁(はんばく)している。こうした名と実との論理的な議論は『荀子』正名篇にもみられるが、荀子はこうした議論には深入りせず、分析の精密さは認めるが、不要不急の議論だとして政治的、実用的立場から否定する。彼以後、論理学的正名論は晋(しん)の魯勝(ろしょう)などにみられるものの、おおむね収束して政治論的正名論が主流となる。[澤田多喜男]
『諸橋轍次著『経史八論』(1932・関書院) ▽高田淳著『論理思想』(『講座東洋思想 第4巻』所収・1967・東京大学出版会) ▽宇同著、澤田多喜男訳『中国哲学問題史 下冊』(1977・八千代出版)』

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世界大百科事典内の正名論の言及

【大義名分】より

…義は礼楽に属するとした徂徠学の見解が水戸学の基底にあったことを勘案すれば,大義とは秩序が実現しうる究極の制度を意味する。名分という概念を正面から論じた藤田幽谷の《正名論》(1791)においても,こうした視点が一貫していることを見落とすべきではない。この論では,日本に秩序が備わりうる根拠は天皇を中心にした臣下の別が,名として明確に存する点に求められる。…

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