戸宮村(読み)とみやむら

日本歴史地名大系 「戸宮村」の解説

戸宮村
とみやむら

[現在地名]坂戸市戸宮・さかえ千代田ちよだ五丁目、鶴ヶ島市富士見ふじみ六丁目、川越市下広谷しもひろや

塚越つかごし村の南にあり、南は高麗こま郡下広谷村(現川越市)。川越秩父道が南東から北西に通る。小田原衆所領役帳に玉縄衆間宮豊前守の所領として「入西郡富屋」二一貫五六三文があり、弘治元年(一五五五)検地が行われていた。近世には高麗郡に属した(風土記稿)。田園簿には戸宮村とあり、高五九石余で皆畑、ほかに野銭永三貫八三文。川越藩領で幕末に至る。慶安元年(一六四八)・寛文元年(一六六一)に検地が行われた(風土記稿)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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