手形野村(読み)てがたのむら

日本歴史地名大系 「手形野村」の解説

手形野村
てがたのむら

[現在地名]南小国町満願寺(まんがんじ)

赤馬場(あかばば)村の東、波居原(はいわら)村の西にある。慶長国絵図に村名がある。馬場手永に属したが、享保一六年(一七三一)以降北里手永となる。「国誌」に村名があるが、近世はほぼ小村として扱われたようで、末期には杉田(すぎた)村に属していた。天保一一年(一八四〇)北里手永惣庄屋北里伝兵衛は手形野に水を通して農民を助け、宿駅継立の人馬銭の補助ともすべく手形野井手開削の測量と設計を津田半蔵にさせた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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