手打村(読み)てうちむら

日本歴史地名大系 「手打村」の解説

手打村
てうちむら

[現在地名]下甑村手打

下甑島の南部に位置し、南は手打湾に面する。北は青瀬あおせ村・片野浦かたのうら村。南東部に手打湊がある。寛文四年(一六六四)の郡村高辻帳では下甑島のうち。元禄国絵図には下甑村のうちとして村名がみえる。「三州御治世要覧」によれば延享(一七四四―四八)頃の高九七三石余。旧高旧領取調帳では高九三三石余。伊能忠敬の「九州東海辺沿海村順」によれば、家数として手打村一七二・下甑村二八・浜之市はまのいち浦二一九とあり、いずれも当村のこととみられる。当村には甑島こしきじま郷の地頭館(地頭仮屋)三ヵ所の一つが置かれた。現在の下甑村役場の地にあたる。寛政五年(一七九三)当村のうち森田もりた屋敷など三ヵ所が地頭領分につき浦勤を免除されている(列朝制度)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む