承快法親王(読み)しょうかいほうしんのう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「承快法親王」の解説

承快法親王 しょうかいほうしんのう

1591-1610* 織豊-江戸時代前期,後陽成(ごようぜい)天皇の第2皇子。
天正(てんしょう)19年2月14日生まれ。母は中山親子(ちかこ)。慶長6年天台宗三千院で出家,最胤(さいいん)入道親王弟子となり,その跡をついで三千院(梶井)門跡(もんぜき)となる。慶長14年12月20日死去。19歳。幼称は二宮。法号は実性院。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「承快法親王」の解説

承快法親王 (しょうかいほうしんのう)

生年月日:1591年2月14日
安土桃山時代;江戸時代前期の後陽成天皇の第2皇子
1610年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む