投刀塚村(読み)なたつかむら

日本歴史地名大系 「投刀塚村」の解説

投刀塚村
なたつかむら

[現在地名]植木町投刀塚

鐙田あぶんだ村の北東にあり、東は豊前街道を隔てて飽田あきた小糸山こいとやま(現飽託郡北部町)に接する台地上の小村近世は正院手永に属し、寛永一五年(一六三八)の御給人御知行地撫帳では堀平左衛門と志水久馬が村を二分して知行している。宝暦一二年(一七六二)の下ケ名寄帳では惣畝数一六町四反五畝余、うち三町四反六畝一五歩が新地・諸開である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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