拾五軒町(読み)じゆうごけんちよう

日本歴史地名大系 「拾五軒町」の解説

拾五軒町
じゆうごけんちよう

[現在地名]東山区三町目

「京都府地誌」に「三条大橋東四町目よんちようめ」と同一地域として「拾五軒町」の町名が記される。明治四年(一八七一)三町目さんちようめに合併された。

町の存在期間は短く、町名は文政三年(一八二〇)の下京軒役分割帳(占出山町有文書)に三条東五町組の枝町として、「同(三条橋東北ヘ上ル) 十五軒町 十五軒」とみえる。宝暦二年(一七五二)の京都絵図、同一二年刊「京町鑑」などには名をみず、しかも文政三年に町名の由来と考えられる軒数一五がくずれていないところから、町の成立はさほどさかのぼらぬ時期と思われる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む