拾町野村(読み)じつちようのむら

日本歴史地名大系 「拾町野村」の解説

拾町野村
じつちようのむら

[現在地名]祖父江町拾町野

佐屋さや川が木曾川から分流する辺りで、西は木曾川、東は佐屋川である。元応二年(一三二〇)四月の中嶋承念譲状案(妙興寺文書)に「一所 十町野 荒野」とあり、「美濃志略」には「拾町野・三拾町野・東加賀野井等川東は、村名ありて民居なし」と記されていて開発は遅い。

江戸期には美濃国中島郡に属した。「濃州徇行記」によれば慶長一九年(一六一四)毛利掃部の知行三千石の内にあったが、正保二年(一六四五)概高制のとき替地になり蔵入地となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

一月五日ごろから二月二、三日ごろの、小寒、大寒合わせた約三〇日間。寒中(かんちゅう)。《 季語・冬 》[初出の実例]「寒(カン)の中 薬喰 声つかふ 酒作 紅粉(べに) 門垢離(かどごり)」(出典:俳...

寒の内の用語解説を読む