撫川条・撫川郷(読み)なつかわじよう・なつかわごう

日本歴史地名大系 「撫川条・撫川郷」の解説

撫川条・撫川郷
なつかわじよう・なつかわごう

和名抄」都宇郡撫河郷の郷名を継いだものか。足守あしもり川下流域の撫川を遺称地とし、「日本紀略」天元二年(九七九)四月二一日条に「撫河郷箕嶋村」、現笠岡市遍照へんじよう寺の永享四年(一四三二)銘の青銅鐘銘文に「撫川郷隼島庄」などがみえるので、足守川右岸からかつての海岸線である箕島みしまから西の現都窪つくぼ早島はやしま町一帯に推定される。

建久四年(一一九三)正月の吉備津宮神主賀陽氏の譲状(吉備津神社文書)で太郎法師に与えた地に撫川条内延包屋敷二段・同為末畠二段がみえる。福光撫川条、のち福光名と称される地の公文職を吉備津宮社家が相伝した。暦応三年(一三四〇)一〇月二一日の頼綱譲状(案、吉備津神社文書)で一族得法師丸に、応安元年(一三六八)には頼縄・秀縄から一族主計允成俊に(同年四月二〇日「遠縄書下写」同文書)、一時同社中番に預け置かれたのち応永一六年(一四〇九)には吉上所満成に譲られた(同一七年四月二二日「某補任状写」同文書など)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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