箕島(読み)みのしま

日本歴史地名大系 「箕島」の解説

箕島
みのしま

[現在地名]福山市箕島町

芦田あしだ川河口にあり周囲一里九町、江戸時代は水呑みのみ村に属した(福山志料)。古くは「蓑島」と記し、「平家物語」巻九(六ケ度軍)にみえる。島内には箕島遺跡・釜谷かまや古墳群があり、前者からは細形銅剣の先端部が、釜谷一号墳からは単竜環頭柄頭が出土した。

「福山志料」所引の明細帳によれば、島内の沖浦おきうらという所にある石釈迦の台石に文字があるが不明、石灯籠に「寛文九酉」という字がみえるという。


箕島
みしま

[現在地名]大村市箕島町

大村湾に浮ぶ島。「大村郷村記」によると、新城しんじよう浦から二、三町ほどの沖にあり、東西四町・南北一二町(広さ九六町ほど)で、畠数二八町余・高五一石余、すべて蔵入地であった。江戸初期に山口勘左衛門が初めて移住したと伝え、全島に松の木が生茂っていたが、貞享年間(一六八四―八八)より枯れ始めたという。延宝元年(一六七三)遊行上人が平戸方面から箕島に入っている(九葉実録)。元禄国絵図に「三島、長一五町」と記されるのは当島か。

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改訂新版 世界大百科事典 「箕島」の意味・わかりやすい解説

箕島 (みしま)

長崎県中南部,大村湾に浮かぶ小島。大村市に属す。1975年5月に完成した3000m滑走路をもつ長崎空港がある。空港建設前は標高97mの小山をもつ面積0.92km2のひょうたん形の島で,ダイコンミカンが栽培され,1971年当時,16世帯74人が居住していた。しかし大型ジェット機時代に適応した近代空港を建設するため,住民はすべて退去し,埋立てが行われて,面積は2.4km2に増えた。また対岸と結ぶ長さ970mの橋が架けられた。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「箕島」の意味・わかりやすい解説

箕島
みのしま

和歌山県北西部、有田(ありだ)市の中心地区。旧箕島町。中世は蓑島とも書かれた。国道42号、480号が通じ、JR紀勢本線(きのくに線)箕島駅がある。有田ミカン集散地として発展した。電線蚊取り線香工場がある。

[編集部]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「箕島」の意味・わかりやすい解説

箕島
みのしま

和歌山県北西部,有田市の中心市街地。旧町名。 1954年近隣3村と合体して有田町となり,56年から有田市の一部。有田川河口に位置し,古くから河口港として繁栄。特に下流域の山地斜面で栽培されるミカンの集散地として,紀州藩の口前役所や,出荷組合である蜜柑方 (みかんかた) などがおかれ,廻船が寄港した。現在も有田地方の中心地で,蚊取線香の生産で知られる。

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デジタル大辞泉プラス 「箕島」の解説

箕島

長崎県大村市、大村湾内にあった島。世界初の海上空港である長崎空港(1975年5月開港)は、計画当時有人島であったこの島の山と周辺の小島を切り崩した土砂による埋め立てで建設された。現在の滑走路の南西部が、かつての島域にあたる。

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