攀安知(読み)はんあち

日本大百科全書(ニッポニカ) 「攀安知」の意味・わかりやすい解説

攀安知
はんあち
(?―1416)

沖縄の三山(さんざん)時代山北(さんほく)(北山)最後の王。1397年(応永4)珉(びん)の後を受けて山北王となり、進貢貿易を盛んにするなど山北の富強に尽力した。資性剛毅(ごうき)、武勇絶倫と伝えられるが、1416年(応永23)中山(ちゅうざん)王尚巴志(しょうはし)の軍勢に敗れた。拠点今帰仁(なきじん)城(今帰仁村陥落の際、自ら手勢を率い奮戦したが、腹臣本部大原(もとぶたいはら)の裏切りにあい、あえない最期を遂げた、と後世の『中山世鑑(ちゅうざんせいかん)』などは伝える。城の守り神である霊石(イビ)を切り自害したというが、この石が受剣石(じゅけんせき)の名でいまでも城跡に残っている。

[高良倉吉]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

朝日日本歴史人物事典 「攀安知」の解説

攀安知

没年:尚思紹11(1416)
生年:生年不詳
中世琉球の北山国の最後の王。在位10年(1397~1416)。中国(明朝)に盛んに貿易船を送り,北山国の発展に尽くした。その居城であった今帰仁城跡からは膨大な中国陶磁が出土しており,往時繁栄がしのばれる。首里城を拠点とする中山国の尚巴志の軍勢の攻撃を受け,部下の裏切りもあり敗れた。最期に,刀で城の守護石を切り自刃したという。刀は死後,城下の川に投ぜられたが,のちに王家に献呈された。それが尚家に伝わる千代金丸という。<参考文献>高良倉吉『新版・琉球の時代』

(高良倉吉)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

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