文徳天皇陵(読み)もんとくてんのうりよう

日本歴史地名大系 「文徳天皇陵」の解説

文徳天皇陵
もんとくてんのうりよう

[現在地名]右京区太秦三尾町

門徳もんとく池の東に所在、田邑たむら陵という。文徳天皇は仁明天皇の第一皇子で母は藤原順子(冬嗣女)。嘉祥三年(八五〇)即位、天安二年(八五八)八月二七日死去(文徳実録)。「三代実録」によると、同年九月二日「至山城国田邑郷真原岡、定山陵之地」、同六日「葬文徳天皇於真原山陵」とあり「田邑郷真原岡」の地が当地である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む