斎藤力三郎(読み)サイトウ リキサブロウ

20世紀日本人名事典 「斎藤力三郎」の解説

斎藤 力三郎
サイトウ リキサブロウ

明治・大正期の陸軍中将



生年
文久1年9月5日(1861年)

没年
大正4(1915)年5月26日

出生地
上総国市原郡鶴舞(千葉県)

学歴〔年〕
陸士卒,陸大卒

経歴
明治10年陸軍教導団に入り、12年士官学校に転じ卒業後、少尉となる。京城公使館付武官を経て、37年日露戦争の開戦で韓国駐箚軍参謀長となり、ついで第11師団参謀長として旅順戦を戦う。42年歩兵第25旅団長、45年歩兵第1旅団長、大正2年教育総監部本部長を歴任。3年中将となり、第18師団長を務めた。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

関連語 学歴

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「斎藤力三郎」の解説

斎藤力三郎 さいとう-りきさぶろう

1861-1915 明治-大正時代軍人
文久元年9月5日生まれ。明治37年日露戦争の開戦で韓国駐箚(ちゅうさつ)軍参謀長となり,ついで第十一師団参謀長として旅順戦をたたかった。大正3年第十八師団長。陸軍中将。大正4年5月26日死去。55歳。上総(かずさ)(千葉県)出身。陸軍大学校卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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