新保小路村(読み)しんぼこうじむら

日本歴史地名大系 「新保小路村」の解説

新保小路村
しんぼこうじむら

[現在地名]新発田市新保小路

新屋敷あらやしき村・黒岩くろいわ村の東、櫛形くしがた山脈西端部の麓に位置する。正保国絵図に村名がみえ、村上藩領。延宝九年(一六八一)頃の高反別免割家数人数帳(寛政一二年写、新発田市史資料)によると河尻組に属し、高一七一石五斗余、免五ツ、田畑一七町五反余、家数一五、人数八七。のち幕府領を経て享保九年(一七二四)三日市藩領となる。同年の郷村高辻帳(伊藤喜太郎氏蔵)では高一六二石七斗余・新田高八石九斗余。明和六年(一七六九)再び幕府領となる。幕末には会津藩領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む