新屋館跡(読み)あらやたてあと

日本歴史地名大系 「新屋館跡」の解説

新屋館跡
あらやたてあと

[現在地名]村松町新屋

滝谷(たきや)川の形成した小扇状地の末端付近にあり、新屋集落の西側に位置する。遺構は東西約一〇〇メートル、南北約七五メートルほどで、東側の一部に現在も土塁を残す。全体は平坦な丘陵上にあり、東側を除いて比高四メートルほどの崖になっている。土塁の内部は館(たて)ノ内(うち)、外側は東にたてのまえ、西に土井(どい)ノ下(した)、南にたてのこし、北に土井(どい)ノ腰(こし)の地字が残る。西方の緩い山は通称だんびらと称する。この地について新田家支族と伝える石原家の口伝書(石原章今氏蔵)によると、正平二三年(一三六八)七月二三日「越後国村松の南方壇ノ平に於て討死、歳四十二、同所に葬る。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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