新村忠雄(読み)ニイムラ タダオ

20世紀日本人名事典 「新村忠雄」の解説

新村 忠雄
ニイムラ タダオ

明治期の社会運動家,無政府主義者



生年
明治20(1887)年4月26日

没年
明治44(1911)年1月24日

出生地
長野県埴科郡屋代町(現・更埴市)

別名
号=秋峰

経歴
高小卒業後上京して「群馬平民新聞」「東北評論」などに関わり逮捕される。明治42年出獄後は幸徳秋声の家に書生として住みこみ、43年5月大逆事件の1人として逮捕、翌44年1月処刑された。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「新村忠雄」の解説

新村忠雄 にいむら-ただお

1887-1911 明治時代の社会運動家。
明治20年4月26日生まれ。新村善兵衛の弟。週刊「平民新聞」をよんで社会主義思想にふれ,幸徳秋水を知る。明治43年宮下太吉らと天皇暗殺をはかったとして大逆罪で起訴され,44年1月24日処刑された(大逆事件)。25歳。長野県出身。号は秋峰。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「新村忠雄」の解説

新村 忠雄 (にいむら ただお)

生年月日:1887年4月26日
明治時代の社会運動家
1911年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の新村忠雄の言及

【大逆事件】より

… 判決によると,1908年6月の赤旗事件で社会主義者が弾圧されたのち,その報復のため幸徳は大石誠之助,森近運平,のちに松尾卯一太も加えて〈諸方衙を焼毀し,当路の顕官を殺し,且つ宮城に迫りて大逆罪を犯す〉との陰謀を企てた。また別に幸徳,管野は,宮下,新村忠雄,古河力作が09年2月以来爆弾を試作し,大逆の計画をもっているのを知り,〈爆裂弾を以て大逆罪を犯し革命の端を発せん〉ことを協議した。さらに内山愚童は09年1月に幸徳,管野を訪ね〈皇太子殿下を指斥し,弑逆を行ふべき旨〉と〈爆裂弾あれば身命を抛て革命運動に従事すべき意思〉を告げ,準備をすすめた。…

※「新村忠雄」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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