新羅征討(読み)しらぎせいとう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「新羅征討」の意味・わかりやすい解説

新羅征討
しらぎせいとう

日本の朝鮮半島経営は4世紀頃から始るが,その半島経営における出兵の一つ。半島経営の拠点である任那 (みまな) が,6世紀になって新羅支配下に収められたため,日本は百済を助けて新羅にあたらせた。その後,日本軍は天智2 (663) 年,唐=新羅連合軍に攻略された百済の救援に向い,白村江 (はくそんこう) に戦ったが大敗して百済は滅亡し,日本の半島経営は挫折した。「記紀」に記されている神功皇后の新羅遠征は,古くから行われた日本の新羅出兵の歴史を説話化したものである。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む