新車屋町(読み)しんくるまやちよう

日本歴史地名大系 「新車屋町」の解説

新車屋町
しんくるまやちよう

左京区川端二条下ル一筋目東入上ル

南北に通る新車屋町しんくるまやちよう(新富小路通とも)を挟む両側町で、仁王門におうもん通の北、二条通の南。町名命名は明治六年(一八七三)

岡崎おかざき村の畑地を宝永五年(一七〇八)の大火以後、車屋町通の丸太町まるたまち通以北(現上京区京都御苑)の住民を移して開町した。「坊目誌」は東側を大炊おおい町、西側を光堂新こうどうしん町とよんだとするが、宝暦一二年(一七六二)の「京町鑑」には、この通りを新富小路しんとみこうじ通とよび、その二条下ルの地を「光堂新町」、その南を「大方町」と記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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