日中砦跡(読み)につちゆうとりであと

日本歴史地名大系 「日中砦跡」の解説

日中砦跡
につちゆうとりであと

[現在地名]立山町日中

白岩しらいわ川左岸の比高一五メートルの段丘上に位置。東側は崖に臨み、背後の三面に土塁と空堀をめぐらす。方形単郭型式で、規模は外側の空堀も含め約六〇メートル四方。郭の南西部には土橋が設けられ、出入口となっていた。現在跡地墓地となり、土塁の内側も削られたほか、北側の空堀が一部、道路のために消滅している。天正一一年(一五八三)佐々成政が東方約五〇〇メートルに位置する土肥氏の弓庄ゆみのしよう(現上市町)を攻める際に築いた付城(向城・対城)の一つで、宝暦一四年(一七六四)の書上には「佐々内蔵助、土肥美作を攻申候時分附城之由申伝候」とある(三州旧蹟志)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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