…この七太夫が江戸の佐渡七太夫の前身であろうとする説がある。京都では日暮林清(ひぐらしりんせい)らの鉦鼓を伴奏とする歌念仏が行われていたが,この一派の日暮八太夫,日暮小太夫が寛永以前から四条河原で説経操りを興行したと伝え,正本(しようほん)の刊行などから推して寛文ころが最盛期であったらしく,小太夫は1664年(寛文4)に説経操りを法皇の叡覧に入れている(《葉室頼業記》)。小太夫の名跡は宝暦(1751‐64)ころまで続いたようである。…
※「日暮林清」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...