日本歴史地名大系 「日詰新田」の解説 日詰新田ひづめしんでん 岩手県:紫波郡紫波町日詰新田[現在地名]紫波町日詰北上川右岸の沖積地、同川に流入する大坪(おおつぼ)川下流左岸に位置。東は北上川を隔て犬吠森(いぬほえもり)村、西は平沢(ひらさわ)村、南は桜町(さくらまち)村、北は二日町(ふつかまち)新田。享和三年(一八〇三)の仮名付帳などによれば、日詰新田のうちに駅馬として日詰町が記載されており、同町は二日町・下(した)町とともに郡山(こおりやま)三町を構成していた。当村など郡山三町の周辺にある田畑などの付属地の大半は同町の商人の開発所有になるものであったが、盛岡藩は地方支配上は村として扱い、商人によって肝煎以下村方三役が置かれた。ただし住人は町検断の管轄下にあったという。天和二年(一六八二)の惣御代官所中高村付に日詰町新田とみえ、蔵入高四五二石余、七ヵ年平均の免三ツ九厘、ただし諸役代一〇〇石につき金三〇匁とある。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by